June 18, 2005

偉人列伝Vol.24【マル・ウォルドロン】

梅雨に入ってきました。
元々出不精な自分としてはいい季節だったりします。
雨の中、家で音楽の聴いていたりするので今回はピアノ奏者「マル・ウォルドロン」を紹介したいと思います。

マル・ウォルドロンは、JAZZピアニストなわけですが、
一番有名なのはやはりビリー・ホリディの晩年の専属伴奏者としての方が有名かもしれません。

■ビリー・ホリディ死の1年前、「Lady in Satin/ レディ・イン・サテン」('58)
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そのビリー・ホリディに捧げたトリビュートアルバムから名曲「レフトアローン」が生まれ、
マル・ウォルドロンは一躍有名になりました。
「レフトアローン」では、アルト奏者のジャッキー・マクリーンが参加。哀愁漂うメロディをハスキーに歌い上げた名演と言われています。

JAZZ喫茶御用達「レフトアローン」
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まあ、自分は何でマル・ウォルドロンを知ったのかと言えば、やはりエリック・ドルフィーなわけで。。
エリック・ドルフィーを聴き進めるうちにマル・ウォルドロンの名前がクレジットに入ってくるのです。
この中で最も鳥肌が立ったのが、 「Eric Dolphy at the Five Spot, Vol. 1 」でのマル・ウォルドロンの演奏です。このアルバムは、エリック・ドルフィーとブッカー・リトル(tp)という2人の天才奏者が目立ってしまうのですが、実はサイドメンが素晴らしい。マル・ウォルドロン(p)リチャード・デイビス(b)エド・ブラックウェル(ds)、この3人が繰り出すリズム感はライブということも含めて一体感を持ち、エリック・ドルフィー、ブッカー・リトルに絡みつきます。アルバムでは、不屈の名曲「Fire Waltz」なのでが、私は「Bee Vamp」が好きだったりします。
この「BeeVamp」では、エリック・ドルフィーがバスクラリネットのソロを聴かせるのですが、曲の冒頭は跳ね上がるベースから始まり、ドラムが絡みつきながらリズムを叩き、そこにバスクラリネットのソロが波のように押し寄せます。その後にブッカー・リトルの浮遊感たっぷりのソロが続き、かなり踊りつかれた頃にマル・ウォルドロンのソロが始まります。

このソロ、音と音が絡み合って1つの大きな”うねり”を作り出しています。時に熱く、地を這うようなリズムを奏でながらソロが進み、息をつかせぬままにGroovyな世界に飲み込まれる。
大げさに言うとそのくらいの迫り来る感覚を受けました。

ライブということもあるのか、会場の一体感がスピーカーから伝わってきてこっちも鳥肌が立ってくる。

Eric Dolphy at the Five Spot, Vol. 1  ほんとオススメ!
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さらにもう一枚、これはマル・ウォルドロンとエリック・ドルフィーの競演とも言うアルバム、 「ザ・クエスト」ここに参加しているのが、ブッカー・アービン(ts)・ロン・カーター(cell)・チャーリー・パーシップ(ds)・ジョー・ベンジャミン(b)とくに1曲目の「ステイタス・シーキング」5曲目「ウォーム・カント」がオススメ。「ステイタス・シーキング」でもマル・ウォルドロンの絡み合うピアノソロを堪能することができます。実はブッカー・アービンのソロが相当きちゃってるアルバムだったりします。
5曲目はエリック・ドルフィーのクラリネットとロン・カーターのチェロが独特の世界観を作り上げたお香を聴きながら瞑想したい1曲(笑)

THE QUEST 
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このマル・ウォルドロンの写真が一番好き。

ロン・カーター来日! @ブルーノート東京
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実はそんマル・ウォルドロンのライブを一度だけ観たことがあります。
2002年1月(だったかな)の東京ブルーノートだったと思います。
その時に観たマル・ウォルドロンは"葉巻"をくわえて演奏し、1曲ごとにゆっくりと煙を燻らせながら椅子に腰掛けて休み、また思い起こしたように鍵盤に向かっていました。その空間がなんというか、哲学的な雰囲気を生み出していて演奏というよりも雰囲気に感動したような記憶があります。
自分が期待した演奏ではなかったのですが、単調ながら1つ1つの音が重なりあって哀愁を放ちながら独特のメロディーを奏でていました。

見た目はすっごいカッコイイじいちゃん。

日本人の奥さんがいて、日本の来日がものすごく多かったマル・ウォルドロン。
確か神戸あたりにマル・ウォルドロンが来日したら必ず来ていたライブハウス? があるそうな。

聴けばすぐにわかる独特のメロディーとリズム感覚。
サイドメン・リーダーとしても素晴らしいアルバムを残してくれたマル・ウォルドロン。
そして自分にも多大な影響を与えてくれたことに感謝して、
この場を借りて追悼の意とさせて下さい。

■マル・ウォルドロン
2002年12月2日死去(76歳)
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June 05, 2005

偉人列伝Vol.23【ブライト・ノア】

ついに6月、今年ももう少しで半分が過ぎようとしています。
去る5月28日、 「Zガンダム映画版」公開を記念して、ブライト・ノアさんを紹介したいと思います。

ブライト・ノアといえば、アニメ「機動戦士ガンダム」のホワイトベース艦長として有名でしょう。
私の年代であれば、既に再放送2回目くらいの世代で、平日夕方にガンダムを見ながら「ブライト! アムロいじめんなや!」なんて悪態をついたものです。

■ブライト・ノア(やっぱり髪型が印象的)
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そんなブライトさんですが、実はエリートです。
地球連邦軍の士官学校を卒業後、新造戦艦「ホワイトベース」(ペガサス級)に配属されたわけで、これは抜擢に等しいかもしれません。駆逐艦レベルではなく、いきなり最新鋭の戦艦なわけです。

この最新鋭の戦艦とモビルスーツが極秘にサイド7で試験運用を予定されているときに、あの第一話が始まるわけです。

「…あれが連邦軍のモビルスーツの威力なのか?」 byデニム曹長

■困ったデニム曹長(その後ガンダムにやられる)
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ということで、いきなりアムロ・レイ(民間人)が主力モビルスーツのパイロットになってしまったわけで、ブライトさんからすると「おい、これどうすればいいのよ?」というのが心境でしょう。当時、ブライト・ノア19歳。さらに、ホワイトベースはジオン軍から見れば「最新のモビルスーツを積んでいる技術の塊」なわけで、当然狙われてしまうのです。

マーカー 「一機のザクは通常の三倍のスピードで接近します」
パオロ 「シャ、シャアだ、あ、赤い彗星だ」
ブライト 「は?艦長、何か?」 「ええっ、赤い彗星のシャア?」
パオロ 「ルウム戦役で五隻の戦艦がシャア一人の為に撃破された。…に、逃げろ」
シャア 「見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

シャアキターー!diary_akaisuisei_04


このとき、まだブライトさんてんぱってます。

しかし彼がもっともすごいところは、ホワイトベース、アーガマ、ラーカイラムと戦艦を乗り継いで行くわけですが
その一隻たりとも轟沈の憂き目にあっていません。(まあ、主人公の乗ってる船だし・・・)
でもZガンダムの際、ヘンケン・ベッケナー(初代アーガマ艦長)率いるラーディッシュはあえなく轟沈しています。
ようするにかなり敏腕艦長だった、と言いたいわけです。

見た目から、堅物でかなり融通が利かなくてよくアムロと喧嘩します。一度アムロがホワイトベースからガンダムと一緒に逃げてしまうという珍事がおきてしまい、ホワイトベースにとって死活問題もおきてしまうのです。

まあ、そんなブライトを影でささえたのがミライ・ヤシマさんなわけで。。

■元祖おっかさん。ホワイトベースの操舵手担当。「おもかじー!」の台詞が印象的
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この二人は、1年戦争後結婚して2児の子どもをもうけます。
その一人、ハサウェイ・ノアは逆襲のシャアで登場し、破天荒ぶりを発揮してしまうのですが・・。(さらに閃光のハサウェイとして一応活躍)※写真で抱きかかえられているのが、ハサウェイ。後ろから恨めしそうな顔をしているのがアムロ。

ブライトさんといえば、忘れてはならないのが名言集。

ギレン演説に一言:
「何を言うかザビ家の独裁を目論む男がっ!何を言うか!」
少し上司に逆らってみた:
「我々のホワイトベース1艦におとり専門になれとおっしゃるのですか!」
民間人のアムロにきつい一言:
「甘ったれるな!ガンダムを任されたからには貴様はパイロットなのだ! この船を守る義務がある!」
ミライに恋心:
「水くさいぞミライ。君を見守るぐらいのことは僕にだってできるつもりだ。君の気持ちは分かっている。が、僕はいつまでも待っているよ。」
⇒そんなミライはスレッガー・ロウ中尉と・・・ぁぁ!

とまあ、熱い人なんです。
さらに、ミライの元フィアンセ、カムランにもちょっとだけ嫉妬してみたり。
なかなか人間味溢れる人なんですな。

これが当時19歳の発言か? と思えるほど。

ガンダムを見ていた当初は、子どもすぎてそんな人間模様なんかより、「アムロ強い、シャア強い」しか頭に無く、
まったくもってブライドさんなど眼中にありませんでした。
でも、あんな素人集団をまとめあげて、囮としてジオン軍に突撃していく艦隊の艦長なので、
やっぱりとても中道的でバランス感覚のあった人なんでしょうね。

本人のストレスは、 「ニュータイプにものが言えない」ということろかも。


最後は、逆襲のシャアでアムロとは「戦友」とも言える良好な関係になっています。

でもほとんどジャケットに登場しないんだよなぁ、地味だし・・・。
でも登場回数と台詞はダントツで多いんですよ。


「弾幕薄いぞ! 何やってんの!!」

自分で現場を見ることが出来なかった分、人に任せて後は責任を取る。
これってものすごい難しいことなんだろうなぁ。

プロジェクトに失敗のないブライトさんは理想の上司?

■ホワイトベース
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■ホワイトベース 敵襲来
「oto.wav」をダウンロード

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May 29, 2005

偉人列伝Vol.22 【森田一義】

ものすごい久しぶりに更新となりました。
半年以上の間をあけて、”タモリ”さんの紹介です。

タモリさんの印象と言えば、やはり”笑っていいとも” この印象が強いですね。
あのサングラスとオールバックは小学生の自分にとって、えらい大人に見えたものです。

■画像は、野々村君が青年隊時代。
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さらに”笑っていいとも”で不思議だったのが、ウキウキWatching
この歌詞がわかんなかった。
フンフフウキウキ♪ ご機嫌いかーが、ご機嫌ななーめはまぁっすぐに! ・・・・あしまてすてもごめんなさいっと!
と言った具合に聞き取れません。

が、ちょっと調べてみたら。

フンフフ⇒How do you do? 

あしまてすても⇒楽しませすぎたら

・・・・、小さい頃の思い込みは激しく記憶から消えませんね。

さらに歌詞の一説に、
今日がだめでも いいともロー  きっと明日は いいともロー♪
”ロー”って何だろう・・・。

■「ウキウキWatching」 MIDIで聴いてみよう!
■「ウキウキWatching」 コード表を見てみよう!

さらに”笑っていいともお台場へ!”

ついにスタジオアルタじゃなくなっちゃうんですね。
話はそれますがこのアルタにて、受験の時にカードを持って朝テレビに映ったことがあります。
そして実家に戻り、ブラウン管の中で飛び跳ねている自分をビデオで見て、「あ、カード逆じゃん」と思った記憶があります。字が読めません。

さて、そんなタモさんのもう1つの看板番組といえば”タモリ倶楽部”
これは高校生の時にいちばんはまったと言っても過言ではない番組。
なんせ三浦じゅんから山田五郎、なぎら健一にパラダイス山元(餃子好き)。その他B級相当数。

■このロゴ入りTシャツが欲しい
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そして名物コーナー”空耳アワー”
もはや語るべくもなく、恐ろしくアホくさいコーナー。洋楽が日本語に聞える、ということでありえない空耳を連発。高校生の自分にとって失禁寸前の爆笑を誘ったことは言うまでもなく。

「農協牛乳」(バットマン)
「わしゃこけたー」(クイーン)

マイケル富岡氏が本気で「ふざけるな!」とシカゴの名曲で笑っていたタモリ&安齋コンビに切れていたことを昨日のように思い出します。

■和み系遅刻キャラ安齋さん
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そんなタモリさんですが、ご存知の通り元々はトランペッターです。
早稲田大学のモダンジャズ研究会に所属して多分、ブリブリしてたんだと思います。
が、「お前のペットは笑っている」を原因に、MCに。

そんなタモリさんですが、卒業後帰郷し、ボーリング場の支配人をしていました。
その時に山下洋輔氏と出会い、そのまま意気投合し、なぜか赤塚不二夫に認められ芸能界入り。

その時、黒柳徹子さんも赤塚さんの紹介で知り合っているようです。
※徹子はそれはそれで喋りの天才

■ほぼ日刊イトイ新聞より。 「はじめてのJAZZ」

また、ビートたけし、明石家さんまと並んでBIG3と言われ「ゴルフ」で幾度も名勝負を繰り広げました。
が、が、タモリが当初へたくそすぎて相手にならず、たけしとさんまがあまりにバカにして、猛練習をして
数年後には二人の手の届かないレベルになったそうです。
その時点で番組としてはつまらん、となり、恒例のBIG3ゴルフ対決は終了。

手をまったく抜けない人なんだろうかなぁ。

料理もプロ級らしく、自分でいろいろ仕入れては人に振舞っているようです。

小さいことでもコツコツと積み上げて行けばきっとひとかどの人物になるんだろうな、
というのを身をもって示してくれているのがタモリさんだと思っています。

一番好きなネタは、 「インチキ外国語芸」
これは、福岡帰郷時にラジオで覚えたとか・・・。中国語はほんと最高!

無駄なものってないんだなぁ、
無駄を無駄と思わせない”しつこさ”って想像以上に重要かも。

■これからも頑張ってください。
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